2011年3月11日。
あの日から、15年の歳月が経ちました。

多くの尊い命が失われ、今なお復興の途上にある地域があります。
改めて、震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災されたすべての方々にお見舞い申し上げます。

私自身、あの日の出来事は今でも鮮明に記憶に残っています。                                                          当たり前だと思っていた日常が、どれほど尊いものであったのかを、深く考えさせられました。

そして同時に、企業として、また一人の人間として、
「社会の中でどのような役割を果たすべきか」を改めて問い直す大きな契機ともなりました。

こうした想いから、2017年9月1日の「防災の日」に、「階段避難車安全推進連絡会」を発足しました。

日本は地震大国であり、世界で発生する震度5以上の地震の約20%が日本で起きています。
そのため、階段移動が困難な災害弱者の方々の安全確保は極めて重要です。

協議会では、防災意識の向上、階段避難車の安全性の普及、行政・企業との連携など、幅広い取り組みを進めています。
その取り組みの一環として、2021年4月20日には、衆議院・参議院に設置されている国会の常任委員会の一つである

厚生労働委員会」における矢倉克夫参議院議員の質疑応答が記録された委員会議録を、下記に掲載いたします。


委員会議録(一部抜粋)

○矢倉克夫君
いわゆる高齢者施設などでの垂直避難についてお伺いします。
皆さんの記憶にも新しい、一昨年の十月の台風19号、令和元年東日本台風では、死者100人以上という大きな災害が発生しました。千曲川なども氾濫し、埼玉県では越辺川の堤防が決壊。川越の高齢者施設「キングス・ガーデン」も浸水し、自衛隊の救援活動が報道されました。また、近隣の障害者施設「けやきの郷」も浸水し、甚大な被害を受けました。

この災害では、歩行が困難な方々の垂直避難が特に困難であることが明らかになりました。
高齢者施設や障害者施設での避難体制は非常に重要であり、施設利用者の身体状態や職員数によっては施設外への避難が難しい現実があります。そのため、施設内での垂直避難を第一に考えることが必要です。

厚労省の認識をお伺いします。

○政府参考人(土生栄二君)
お答えいたします。
高齢者施設や障害者施設における水害対策の重要性は認識しており、実効性のある避難確保を図る必要があります。令和2年7月豪雨の経験を踏まえ、介護施設等における水害対策支援メニューを創設し、垂直避難用のエレベーター、スロープ、避難スペース確保の改修工事等に対する補助を実施しています。施設の上階を垂直避難先として確保するなど、多重的避難先の確保が必要であると考えています。

○矢倉克夫君

改修工事などへの補助もありますし、厚労省としても現場の状況をよく理解されていて、垂直避難の重要性を認識されていることは理解できました。
ただ、垂直避難の推進については、政府の対応がまだ完全にはそろっていないように感じます。

例えば、消防法施行令第25条で避難器具の設置義務がありますが、対象となるのは火災時に下方向に避難するための滑り台や緩降機などです。
今問題になっている浸水時の、1階から上の階への垂直避難用の器具は、まだ規定に入っていません。

公益財団法人テクノエイド協会の資料を見ると、可搬型階段昇降機や非常用避難車といった器具があり、車椅子のまま階段を上下できるものや、歩行が困難な方が直接座った状態で上下階に移動できるものもあります。
国会議事堂にも設置されており、欧米では一般的に使われているものです。ですが、高齢者施設や障害者施設では、まだ設置の検討対象にすらなっていません。

消防庁に確認したところ、火災については知見があるが、浸水時の垂直避難器具については知見がないとのことでした。国交省も、水防法に基づく水害対策について、現場の避難の実態まで規定する意識は十分ではない印象です。

現場の高齢者施設や障害者施設では、知見がないからといって避難対策を軽視できる状況ではありません。
ですので、厚労省としては、消防庁や国交省としっかり協議し、歩行が困難な方々が安全に水害を回避できるインフラや設備の整備について、真剣に取り組んでいただきたいと思います。

改めて、障害者支援などにこれまで尽力されてきた山本博司副大臣から、この件に対する決意を伺いたいと思います。

○副大臣(山本博司君)

委員ご指摘のとおり、障害者施設や高齢者施設などの現場の実態に即した水害対策は、避難の実効性を確保する上で非常に重要です。
具体的には、施設内の垂直避難先の確保、他施設との連携による立ち退き避難先の確保、地域や家族と連携した避難支援要員の確保、職員への防災知識普及や防災スキル向上などが挙げられます。

昨年12月に閣議決定された「防災・減災、国土強靱化のための五か年加速化対策」においても、社会福祉施設等の水害対策強化が盛り込まれています。
厚生労働省としても、現場の情報を共有しつつ関係省庁に働きかけ、実態に即した対策が実施されるよう、引き続き取り組んでまいります。

○矢倉克夫君
現場の情報を共有し、必要な設備や他省との連携を進め、副大臣のリーダーシップで取り組んでいただきたいと思います。


以上が、「厚生労働委員会」における委員会議録の一部です。山本副大臣より「検討します」ではなく「取り組んでまいります」                             と明言していただけたことで、階段避難車を必要とする方々の安全確保が、確実に前進することを実感できました。

このように国会においても、災害時における高齢者や障がい者など、避難に支援を必要とする方々への対策の重要性が議論されています。                        そして、政府では災害対応の司令塔となる防災庁の設置に向けた検討も進められています。

「階段避難車安全推進連絡会」では、「避難できる人」を基準にした防災ではなく「避難が難しい人」を基準にした防災、                                すなわち災害時に誰一人取り残されることのない社会の実現を目指し、今後も啓発活動や安全対策の推進に取り組んでまいります。

災害は、いつ起こるか分かりません。
しかし、備えることは今日からできます。

震災の記憶を風化させないこと。
そして、その教訓を未来に生かしていくこと。

「過去の被害は消せないけれど、未来の被害は減らすことが出来る」

  それぞれの家族に、 それぞれの3.11の体験があると思います。 その経験を無駄にすることなく、みんなで、災害が起こった時にどう行動するか、どこに集まるか、 連絡する手段は何か?など、改めて、家族で話し合って欲しいと思います。

今年も残りわずかとなり、皆さまには大変お世話になりました。 2025年は、弊社の創業90周年を迎えることができました。この節目の年を迎えることができたのも、ひとえに皆さまのご支援とご厚情の賜物と心より感謝申し上げます。 この90年の歴史は、多くの挑戦と革新の連続でした。時代の変化に柔軟に対応しながら、社員一同一丸となって歩んできた結果、多くの成果を得ることができました。          これからも、変わらぬ品質とサービスを提供し、お客様の期待にお応えしてまいります。 来年も変わらぬご愛顧を賜りますよう、社員一同努力してまいりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。 寒さ厳しき折、どうぞご自愛ください。 新しい年が皆さまにとって、さらなる飛躍と幸せに満ちた一年となりますようお祈り申し上げます。 良いお年をお迎えください。   株式会社サンワ                                                                               美澤 暁彦 本日、株式会社サンワは創業90周年を迎えることができました。これもひとえに、日頃からご支援いただいているお客様、パートナーの皆様、そして社員一同の努力とご支援の賜物と深く感謝申し上げます。 この90年間、私たちは常にお客様のニーズに応え、社会に貢献できる企業を目指して歩んでまいりました。これからも、皆様の期待に応え続ける企業であり続けるために、より一層努力してまいります。皆様とともに、次の100年に向けて歩み続けていきたいと考えております。 最後になりましたが、これまでのご支援に心より感謝申し上げるとともに、今後とも変わらぬご支援とご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。   暑い日が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。 本日9月1日は防災の日です。1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒、関東全域を襲った大地震は、未曾有な被害をもたらしました。                    過去の教訓を生かし、今日という日をきっかけに、全ての人が安心できる備えができているかを考える日になってほしいと思います。   HONDA本社が青山から東京駅前への移転が発表されました。                                                         HONDA青山ビルには、地下2階の備蓄庫には緊急災害時に、地域住民や居合わせた人たちの分もまかなうHONDA青山ビルに勤務する従業員を超える1万人分の食料や災害グッズが1985年当時から保管されているそうです。そして、本田宗一郎氏は災害時に歩行者の安全確保を望み、窓ガラスが割れても下に落ちないように全階にバルコニーを設けるよう指示しました。災害時においても人々の安全を最優先した考えに、尊敬の念に堪えません。   今年の夏の甲子園は、例年にも増して感動の嵐でした。戦後80年の節目の年に、当時激戦地であった沖縄に深紅の大優勝旗が渡るなんて、筋書きのないドラマそのものです。決勝戦が決まった沖縄ではJTAが飛行機の増便を決めるなど、沖縄県民のパワーも加わり素晴らしい決勝戦でした。敗れた日大三高はアルプススタンドの自校の応援団だけではなく、沖縄尚学の応援団に向かって一礼していたことも感動!更に、沖縄尚学の監督・主将のインタビューも素晴らしかったと思います。監督は感謝と平和を語り、主将は当日アルプススタンドで応援している母親が誕生日だったので、育ててくれたことの感謝を語っていました。今大会では県立岐阜商業の生まれつき左手の指がない選手が、ものすごい努力をし活躍している姿には心を打たれました。高校野球って勝っても負けても、それぞれのドラマやエピソードがあり感動や勇気を与えてくれます。                                              今年から13時から16時の時間を避けての二部制を導入したことは「あっぱれ」です。熱中症の疑いで処置を受けた選手の人数は、去年ののべ58人から、のべ24人と大幅に少なくなったそうです。決勝戦が土曜日だったことでライブで見れリアルタイムで試合の臨場感をあじわえたので、より感動できたのだと思います。休日であったことに感謝!!!   先日、最高気温39.4度の中ゴルフに行きました。午前中から気温が急上昇し、まさに酷暑の中でのプレーでした。ゴルフをしない方にはいささか信じがたい話ですが、ゴルフ場ってそんなには暑くないです。日陰も多いし、緑の囲まれているし、風も心地よいです。こう思うのも遊びだからでしょうね!   残暑とは程遠い猛暑!気象庁によると9月~11月の気温は平年以上とのことですので、引き続き体調管理には十分に気を付けて行きましょう。       先日、「南海トラフ巨大地震最大クラス地震における被害想定について」 新たな被害想定が発表されました。改めて「巨大」という言葉が付くことに気づき、意味の重さを実感しました。198ページに及ぶ報告書に目を通しました。地震発生時の被害状況や、人的被害、経済的損失、インフラへの影響などが詳細に示されており非常に衝撃的な内容になっておりました。巨大地震が来ないことを願うばかりです。 報告書の中には、以下のような内容の記述がありました。 「東日本大震災におけるライフライン復旧概況は、90~95%程度の復旧までに約 1 か月を要した。約 90%の復旧に 22 日、約 95%の復旧に 38 日を要している。また、令和6年能登半島地震では、本水道管の全面復旧までに約 6か月を要した。南海トラフ巨大地震ではより広範な被害の発生により、全面復旧がさらに遅れる可能性がある。」 このような過去の事例からも明らかなように、南海トラフ巨大地震が発生した場合、広範囲にわたる被害が発生することが懸念されており、ライフラインの復旧やインフラの再建には東日本大震災よりさらに長い時間がかかることは容易に推測されます。 これを踏まえて我々はどうすればよいのでしょうか。一般的に備蓄品は3日分を用意することが望ましいといわれていますが、南海トラフ級ですと1週間分は最低でも必要になるのではないのでしょうか。飲料水は1日3リットルの備蓄が目安とされていますので、4人家族の場合84リットルもの備蓄が必要となってきます。東日本大震災以上の混乱が予想される中、自分の力で生き抜くための事前の準備を進め、安心して日常生活を送れるようにしたいと思います。       2024年も残すところあとわずかとなりました。 会社にとって今年ほど激動な年はありませんでした。まさにその言葉にふさわしい一年だったと思います。昨年の12月20日をもって、創業時から88年間続けてきた農機事業に幕を下ろしました。それに伴い仙台支店の閉鎖による10名の仲間の解雇、以前仙台支店長を3年間努めていた当時の苦楽を共にしてきたかけがえのない社員たちに解雇を告げることは、非常に辛い経験でした。しかし赤字事業であった農機事業の撤退は、長期的な企業の健全性を考えると避けて通ることはできない状況でありました。これによりコスト構造が見直され効率的な企業運営を実現ことしたで、業績を向上させ収益の増加を図ることができました。 福祉製品の国内外の需要は高まっており、国内福祉事業は前年比115%、輸出事業は153%となりました。今年のトピックとしては、パリオリンピック向けにパリ地下鉄への階段昇降機の採用がありました。 高齢化社会において、介護や支援が必要な人々に向けた製品の重要性が増しています。この分野を強化することは社会的ニーズに応えるだけでなく、持続可能な成長を実現するためには最重要項目です。 お世話になりました皆様方に心から感謝申し上げます。来年も引き続き革新と挑戦を続け、より良い製品・サービスを提供できるよう努めてまいります。来年もよろしくお願い申し上げます。 2025年が、皆様にとって幸多き1年になることをお祈り申し上げます。 株式会社サンワは本日令和6年10月10日をもちまして、89周年を迎える運びとなりました。 これもひとえに皆様方のご支援、ご愛顧の賜物と心より感謝申し上げます。 昭和10年10月10日、東京都渋谷区において農業用運搬車のメーカーとして創業いたしました。                                         社名の由来は、3人で創業したことで三和車輛と命名しました。その後、創業60周年に福祉・物流用階段昇降機の売上が農業用運搬車の売上を上回ったこともあり、                     サンワ車輛株式会社から、株式会社サンワへと改名しました。 本年は、昨年12月に祖業の農業事業から撤退し福祉・物流用階段昇降機のメーカーとしての「第二創業」元年となります。                                    新しい時代に向けて、皆様と共に歩んでいきたいと思っております。 これからも引き続き変わらぬご愛顧とご支援を賜りますようお願い申し上げます。                       先日出張で盛岡へ行った際に、少し足を延ばし陸前高田市にある「東日本大震災津波伝承館」へ行ってきました。 この施設は、過去の津波災害の歴史、被災した実際の物、被災の現場をとらえた写真・映像など、2011年3月11日の悲劇を繰り返さないために、津波の事実と教訓を後世に伝えることを目的としたものです。そこには、2㎞に渡って密集していた約7万本の松林の中で唯一残った「奇跡の一本松」がありました。 その中で、一番印象深かったことを紹介させていただきます。 岩手県野田村にある野田村保育所では、月に1回の避難訓練を行っていました。それ以外でも普段から「速足散歩」という、行きは速足で、帰りはゆっくり歩いて帰って来るという訓練を普段の散歩で行っていました。 その行きの速足に秘密があり、この速足で幼稚園から出掛ける、いろいろな方向に出掛ける、いろいろな季節に出掛ける、いろいろな天候の日に出掛けるという訓練を繰り返して行いました。保育所の先生たちは「津波が来たときに、一体何分ぐらいで子どもたちはどこまで行けるものなんだろうか」「どの方向に歩くと、一番早く安全な高台まで行けるのか」ということを普段の散歩を通して探っていたのです。 そして、この野田村保育所は2011年3月11日あの時も、比較的スムーズに高台に逃れることが出来ました。0歳児は保母さんがおんぶや抱っこをして、1歳児、2歳児は3歳児が手を引いて、命からがら逃げた結果、全員の命を守ることが出来たということです。 約90名の園児は一人として泣く子はいませんでした。 これは保育所の人たちがそれまで積み重ねてきた「速足散歩」という毎日毎日行う散歩の中で、避難ということを意識して行ったという、地道な訓練の積み重ねの成果であったのだと思います。私たちも、日々の暮らしの中で、防災のことを考えて行動しなければならないということを学びたくなる事例です。 岩手では、過去に何度となく津波による災害が発生していました。明治29年6月15日の津波では21,959名が亡くなっています。 ”災害は繰り返し起こる”ということ。 過去の災害から教訓を得て備えることが繰り返し起こる災害から命を守り、被害を減らすことにつながることを再認識しなければなりません。あれから13年が経ち防災意識が薄れかけてきた今、「東日本大震災津波伝承館」を訪れて、改めて学ばせてもらいました。 今年に入ってから能登半島地震以降、地震が多発しています。気象庁の地震発生データベースで確認したところ、すでに4月半ばを過ぎた時点ですでに80回以上も観測しています。そのうち、震度5弱の地震は22回も起きています。 4月3日にも台湾で大きな地震が起き、日本でも沖縄や九州に影響がありました。 ただ、その地震が起こった後に世界が驚いたのは、台湾政府の対応の速さ! 地震発生の数時間後に入ったテレビカメラが映し出したのは、 衣食住などの生活空間が用意された避難所の様子。その光景に感嘆と称賛の声が寄せられたのは言うまでもありません。マッサージやカウンセリングなどさまざまなサービスまで用意されていました。 なぜ、こんなことができたのでしょうか? 台湾も地震や台風などの自然災害が良く起こる地域であることを踏まえ、大規模災害が起きた時に備え、日頃から民間の事業者と提携していたそうです。規模によっては自治体や警察、自衛隊だけでは立ち行かないこともあり、さらにきめ細かいフォローは、やはり民間に頼む方が有効だと考えてのことだそうです。 地震が起きてから、民間にお願いします、、、と言ったところで、選定や手続きなどを行っている間に時間が経って支援にはならないからです。 まさに備えあれば憂いなし。 これは、世界が見習うべき姿勢だと、特に日本は、ぜひ、お手本にしていつどんな災害が来ても台湾と同じ、それ以上の環境を整えられるようにすることが重要だと思います。 ほぼ毎日のように地震などの脅威に晒されている我々も、 政府や自治体任せにするのではなく、常に備えておくことが大切ですね。 災害グッズは特別なものではなく、日常使いできるようなものを備えておくといつでも使えるので安心です。 例えば、電池を使わないソーラー発電機や、普段はクッションとして使っているが、実は中に寝袋が入っているなど・・・ 最近は、日常生活に活用できる防災グッズや防災術が様々なところで紹介されています。 これを機会にチェックして、備えてみてはいかがでしょうか? 明日からゴールデンウイーク後半戦に入ります。オンとオフを切り替えて良い気分転換をして、休み明けにパフォーマンスが向上できるよう、心も身体もリフレッシュしようと思います。3日間ゴルフの予定が入ってます。ちょっとやりすぎ感は否めませんが・・オフ時の楽しみです!   あの日、私は札幌へ出張に行っていました。 いつもは夕方の便で羽田に向かうのですが、なぜかその日に限っては午前中の飛行機に乗り、12時半には羽田空港に到着していました。 今思うと、 もし通常通り夕方の便で帰京していたなら、 大変なことになっていただろうし、 帰ってくることすらできなかったのではと肝を冷やします。 その後、最寄り駅の駅前で遅い昼食を取っていた時に地震に遭いました。 今まで経験したことのないような突き上げるような衝撃と、その後の波打つような振動に、周りの車や建物がまるでゴムでできているかのようにグニャグニャと曲がっていたのを鮮明に覚えています。 その後、会社へ向かう車の中から家族や社員の安否確認をしたのですが、携帯もなかなか繋がらず、 特に、仙台支店の社員がみんな無事でいるのかを確認するのにかなり時間がかかりました。 幸いなことに、仙台の社員もその家族もみんな無事だったという連絡が入った時は、心底胸を撫で下ろしました。 幸いにも私の周りは様々な偶然が重なり、大きな被害を被ることはありませんでした。 しかしそれは逆に考えれば、紙一重だったのだと思います。 未曾有の災害は、 私たちが今まで当たり前だと思っていたことをことごとく覆していきました。 自分の家族を迎えに行く途中、津波に遭ってしまった方や、 逆に、迎えに来てくれることを信じて家で待っていた方が、被害に遭ってしまったり、、、、 家族なら仲間なら当然だと思う行動が、逆の結果になってしまったということがどれほど多かったか。 13年経った教訓は、まずは自分が生き延びるためにどう行動するかを1番に考えることだそうです。   岩手県大船渡市への到来した津波の高さは、3階建ての建物をも一気に飲み込む16.7mだったと推定されています。この高さを知っているだけで、とれる行動は変わってくるはずです。  

「過去の被害は消せないけれど、未来の被害は減らすことが出来る」

  それぞれの家族に、 それぞれの3.11の体験があると思います。 その経験を無駄にすることなく、みんなで、災害が起こった時にどう行動するか、どこに集まるか、 連絡する手段は何か?など、 改めて、家族で話し合って欲しいと思います。 東日本大震災でお亡くなりなった方にお悔やみを申し上げるとともに、 未だに避難生活を強いられている多くの方々に、お見舞い申し上げます。

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